式内 鳥屋神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

概 要

社号 式内社 出雲国出雲郡 鳥屋神社
読み:古 トリヤ、現在 とや
江戸時代は「諏訪大明神」と称していた
所在地 島根県出雲市斐川町鳥井815
旧地名 出雲国出雲郡
御祭神
建御名方神(たけみなかたのかみ)  大国主神  事代主神  少名彦神  八十神
天菩比神 天若日子神 天照大神 八百萬神 宇加之魂神 天照大神 疫神

建御名方尊 『雲陽誌』『出雲神社巡拝記』
例祭日 11月1日

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
出雲国 187座(大2座・小185座)
出雲郡(イツモ) 58座(大1座・小57座)

『出雲国風土記』「鳥屋社」

近代社格制度 旧村社

創建     年代不詳だが、天平5年(733)『出雲国風土記』に「鳥屋社」と記載されているのでそれ以前にあった
本殿様式   大社造変態 合金板葺

境内摂末社(祭神)

稲荷神社・伊勢宮・八百萬社・荒神社・社日社・龍王社

一口メモ

斐川町の式内社は国道9号線以南である。この社は珍しく以北の斐伊川近くの田園地帯に離れて建つ式内社。日曜日なのに国旗が掲揚してある。神社氏子の世話役の方が揚げられているのだろう。それが当たり前なのに、今回周った出雲市内で国旗掲揚柱に日の丸が揚げられている神社は出雲大社とここだけだった。

歴史・由緒等

風土記の「鳥屋社」に相当する。
この地は垂仁天皇の皇子誉津別命又湯河桁命をも齋奉りて鵠鳥(くぐい)を捕えた時の旧跡と伝わっている。
この地は斐伊川東流の分岐点にあたり、数度の氾濫によって当社の変遷も大きかつたと想像される。

「延喜式神社の調査」さん

コウノトリ生息地兵庫県豊岡市の式内久久比神社・養父市の和奈美神社、京丹後市網野神社等、くぐい伝承の神社は出雲から鳥取・但馬・丹後など山陰地方に多いので通じる思いがした。とすれば天湯河板挙命が祀られていない。

天湯河板挙命は、「日本書紀」にみえる鳥取造(ととりのみやつこ)の祖。
垂仁(すいにん)天皇23年皇子の誉津別命(ほむつわけのみこと)は30歳になっても口をきかなかったが、クグイ(白鳥)がとぶのをみてはじめてはなすことができた。天湯河板挙は天皇の命でその鳥を捕らえて献上し、その功により氏姓をさずかり、鳥取造と称した。天湯河桁命ともいう。

境内案内札に 出雲国譲り決戦地とある。鳥屋は元は「国盗り」かも知れない。

境内・社叢

  
社叢                    鳥居・参道

  
社号標                     出雲国譲り決戦地(発祥地)

   
狛犬

  
拝殿                      拝殿扁額


本殿

  
境内社(拝殿右手)               境内社本殿奥 社日社 新旧

  
境内社本殿奥 稲荷社              境内社

地名・地誌

地 図

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他


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