式内 大野津神社

      2017/03/23

概 要

現社号 式内社 出雲国秋鹿郡 大野津神社
読み:古 オホノツ、現在 おおのつ
江戸時代は「津森大明神」「角森大明神」と称していた
所在地 島根県松江市大野町243
旧地名 出雲国秋鹿郡
御祭神 須佐之男命(すさのおのみこと)
例祭日 9月30日

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
出雲国 187座(大2座・小185座)
秋鹿郡(アイカ):10座(並小)

『出雲国風土記』「大野津社」

近代社格制度 旧村社

創建
本殿様式   大社造 曽木葺

境内摂末社(祭神)

新宮社・日吉神社・日御碕神社・歳徳神

一口メモ

宍道湖の北岸に沿って東西に走る幹線道路、国道431号線沿い。松江市の島根半島最西端、大野町にある。

歴史・由緒等

御由緒

当社は天平5年(733年)に撰進された出雲国風土記に、大野津社と記されており、後の延喜式神名帳にも登記された古社で、古来より里人が奉祝崇敬した名社である。
大野灘は宍道湖北岸の重要な港であり「津」の名が起こるが、当社は海陸交通の神である。また、農耕の守護神でもあり、干天続きの年には、雨乞神事が行われた。さらに、厄除安全の祈願所として、人々の畏敬信仰の深いお社であった。
寛永12年(1635年)5月、秋鹿郡吏だった岸崎時照は蛇骨を拝み崇敬の念を起こし、大野村中の人々と力を合わせ社殿を建立し、9月晦日を祭日と定めた。
現在の祭神の御神徳を敬仰し年頭に厄災退散・交通安全の祈願を斎行している。

「社頭掲示板」

「全国神社祭祀祭礼総合調査」 神社本庁 平成7年によれば、
風土記の神話にある内神社の神が大野で狩りをされた頃もここから上陸されたであろうし、中世大野城が湖北大野の地に築かれたのもこの港があったからであろう。昔から稲作に最も大切なものは水であったがたまたまおとずれる干天続きの年には当社の「蛇骨」を湖上に奉斎して雨乞のお祭りが斎行され、近郷近在の人々が大勢参拝して盛大に行われた。当社は、かく農耕の守護神として、また、厄除安全の祈願所として古来人々の畏敬信仰の深いお社である。寛永9年7月16日、米国の神道研究者メーソン博士が社参、社伝、「雨乞神事」等を調査海外に紹介された。現在では、祭神の御神徳を敬仰して年頭に厄災退散・交通安全の祈願祭を斎行している。

境内・社叢

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鳥居                   手水

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社頭掲示板

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出雲ならではの2大別される狛犬のスタイル。「構え獅子」型と「お座り」型が並ぶ

 
拝殿                   拝殿扁額


本殿

  

本殿奥の境内社

  

境内社             歳徳神


ご神木の祭祀?

地名・地誌

地 図

島根県松江市大野町243

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式神社の調査」さん、他

 - 松江市(秋鹿郡・出雲郡) ,