4.社殿の様式

神社を訪ねる時に、社殿の建築様式を調べるのも楽しむ方の一つです。

社殿とは、神社の拝殿・幣殿・本殿の建物を総称した呼び名で、社殿にはいろいろな様式があります。

大きく別けると、奈良時代前期まで成立した直線を主体とした社殿の建築様式と、平安時代以降に仏教の建築技術の影響が表れる屋根に曲線を採用した建築様式とその2つに分けることができます。

 神社建築(本殿)の特徴

神社建築(本殿)の特徴として以下の点が指摘されている。

  1.  屋根に妻を持つこと
  2.  床を高く張ること
  3.  瓦を用いないこと
  4.  土壁を用いないこと
  5.  装飾の質素なこと
 1.屋根に妻を持つこと

神社建築の屋根はほとんどが切妻造である。日本古来の建築様式。一部に入母屋造が見られる。入母屋造は仏教建築に由来する様式である。同じ仏教建築の様式であるが妻のない寄棟造や宝形造は採用されていない。このことは、仏教建築からの一方的な影響ではなく、神社建築としての価値観に基づいて、神社側が主体的に入母屋造を神社建築に採用したことを示している。

妻の神社建築における意義ははっきりしないが、信仰上の重要な要素であったことは間違いないと思われる。例えば、伊勢神宮正殿において妻の部分の金具が特別視され、式年遷宮の際に妻を装着する儀礼が秘伝とされたことや、流造の社殿を横にいくつも連結した社殿において、ひとつの社殿ごとに正面に千鳥破風(妻)が設けられて、ひとつひとつの社殿が区別されていることからもわかる。

2.床を高く張ること

本殿の特徴としては、屋根に妻があり、床が高く張ってあり、瓦や土壁を用いず、装飾は質素となっている。本来、土間を基本とする寺院建築と対照的である。瓦や土壁を使わないのは仏教建築との差異を図るためだとされている。
(奈良時代の仏堂や禅宗様の建物は中国の建築と同様に床を張らない)。

3.瓦を用いないこと

明らかに瓦葺きの仏教建築との差異を意識し、もしくは仏教建築を忌避したものであるといえる。神社の屋根は基本的に植物材で葺くが(檜皮葺や杮葺)、近世になると銅板葺も用いられるようになった。ただし例外的に、本殿に瓦葺を用いる場合もある(たとえば、沖縄の神社は伝統的な赤瓦を用いる)。土壁を用いないことについても同様である。
ただし、近代(明治)以降、瓦や土塀を用いた建築も採用されており多くなっている。これは耐久性によるものと思われる。

4.装飾の質素なこと

上古の日本建築の様式を固定化したためといえる。日本固有の神の住まいであるので、仏教とは異なることを意識し、日本に伝統的な建築の意匠を取り入れている。

※以上のことは、あくまで概論であり、全ての神社建築に当てはまるわけではなく、時代によっても変遷がある。気象・地域性、宮大工の建築スタイルなど、時代とともに神社建築は常に新しい技術を採り入れているが、それこそが神道であり、日本人であり、神社建築もそうなのであって、古いものをそのまま残すのではなく神社建築もその時代における最先端建築だったといえる。鉄筋コンクリートであれ、八百万の神として万物を尊重する日本と日本人がいう神道そのものを知る上で間違っているというものではないし、神社建築に神道があるものではなく、根本は人の及ばない自然や天変地異に対する畏れ・祟り・敬意であり、それはすべてに神が存在するという精神が基本である。

本殿の起源

古くは神社には社殿がなかった。神は社殿にいるのではなく、山や森などにいるとされ、また、特定の一箇所に常駐するとは考えられていなかった。奈良県桜井市の大神神社は拝殿のみで本殿を持たない。拝殿の奥にある三ツ鳥居を通し大物主大神が鎮まる三輪山を拝するという原初の神祀りの様を伝え、日本最古の神社とされる。

磐座(いわくら)

一方で、神は特殊な形をした特定の岩や木に来臨すると考えられ、神への祭祀は、そこで行なわれた。この祭場は磐境(いわさか)・磐座(いわくら)などと呼ばれ、現在でも各地に残っている。しかし、磐境や磐座においても、そこに神が常駐しているとされたわけではなく、あくまでも祭祀を行なうときにのみ、神をその場に招くとされたのである。


真名井神社 磐座(いわくら) 京都府宮津市

神籬(ひもろぎ)

やがて、祭場には仮設の祭壇が設けられるようになった。いわゆる「神籬」(ひもろぎ)がこれに当たると考えられている。神籬は祭祀の際に祭壇の上に設置されて、祭祀が行なわれた。やがて、この神籬が発展して本格的な建築物をなすようになり、社殿になったと考えられる。

今日でもその形としては地鎮祭がある。土木工事を行う際や建物を建てる際に、工事の無事や安全と建物や家の繁栄を祈る儀式で、注連縄を四方に張り巡らし神聖な場所(聖域)とする。

つまり、仮設の祭壇が発展して、常設の社殿として採用されたと考えられる。しかし、社殿建立の際に過去の技法と様式を復古的に採用した可能性が高いため、建築様式が示す年代と、その建築様式が神社建築として使われ始めた年代は一致しないことが多いと思われる。また神社に社殿が登場した時代は仏教建築全盛の時代であり、仏教建築の影響を必然的に受けていたと思われる。そもそも建築物を礼拝の対象とするという発想自体が、仏教に由来するものかもしれない。

神社建築の成立に影響を与えたと考えられるのが神宮寺の建立である。神宮寺は神社に建てられた寺院のことで、神仏習合の初期段階で登場した。神宮寺の建立により、神社は仏教建築の直接の影響を受けたが、隣接するためにかえって神社建築と寺院建築の差異を求めるようになったと考えられる。

社 殿

社殿とは、神社の建物を総称した呼び名である。通常は社殿といえば、本殿、または拝殿・幣殿・本殿が一体となった本殿をさして社殿ともいう。

本殿(ほんでん)

  
神魂神社本殿 現存する最古の本殿 (松江市 国宝)

拝殿の奥に御神体を収める本殿(ほんでん)がある。本殿は、神霊を宿した御神体(ごしんたい)を安置する社殿のことで、神殿(しんでん)ともいう。本殿は人が内部に入ることを想定していないため、拝殿より小さいことが多い。
古くは1宇の本殿に1柱の神が祀られたが、現在では1宇の本殿に複数の神が祀られることも多い。内部には御神体(鏡など)がおさめられる。内陣と外陣に分かれている場合は内陣に神体が納められ、外陣は献饌・奉幣の場として使われる。

本殿は神がいるとされる神聖な場所であるため、瑞垣(みずがき)などで囲われたり、覆屋が造られ、普段はその内部をみられないことが多い。一部の神社では山や岩を神体として崇めるため、本殿を持たず、神体を直接拝むための拝殿のみがあるところもある(大神神社・金鑚神社など)。このように、社殿のない神社が本来の形式であったと考えられる。

本殿は拝殿の奥にあって見えにくいため、一般の参拝者は拝殿を神社建築の中心的建物と考えがちである。本殿は流造、春日造が一般的で、小型の本殿では、風雨から守るために覆屋をかける場合もある。 拝殿と本殿をつなぐ部分に幣殿が造られることも多く、これらを一続きに建てる場合も多い。建物の横に回ると、拝殿の奥に幣殿や本殿を確認することができる。ただし、本来、本殿は神職・氏子の代表者のみが立ち入ることが許可された聖域であり、神社によって一般参拝者の立ち入りを禁止している神社もあるので守るべきである。

本殿覆屋(ほんでんおおいや)

 

身近にある一般的な神社の本殿は一間社で、屋根は流造りや春日造りなど小社なものである。いつ頃からか、本殿の雨風雪による損傷を補うために本殿を包む屋根を設けて囲うようになった。これを本殿覆屋といって、旧村社などは拝殿も兼ねている。社殿とか本殿と呼んでいるが、正確には本殿とは、内部に御神体が祀られた建造物のことで、建物は本殿覆屋という。

  
式内阿須々岐神社本殿覆屋京都府綾部市金河内町東谷1)  子守神社(式内 巨椋神社)本殿覆屋京都府宇治市小倉町寺内31)

平入と妻入り

屋根の形式では、社殿の多くが「ハの字」のシンプルな切妻造の妻入か平入形式で、妻の部分にも屋根を付けた入母屋造(妻入・平入)も数が少ないが若い存在しています。

神社人HP

切妻造は、高床式の穀物蔵の形から発達した伊勢神宮を代表する平入りの「神明造」、もう一つは古代の住居の形かなら発達した出雲大社を代表する妻入りの「大社造」があります。「大社造」は、出雲大社に代表される様式であり、切妻造の屋根の「妻」が正面に見えるほうに入口があるため、妻入(つまいり)といいます。この「大社造」の流れを汲むのが、住吉大社の「住吉造」や春日大社の「春日造」です。これをデザインで二つに大別すると、神明造、大社造、大鳥造、住吉造などが直線を主体にした建築構成であり、これに対して春日造、流れ造り、八幡造、日吉造(日吉造)などは、曲線を採用した建築構成となるものです。

最古の様式は神明造や、大社造、住吉造りだった直線的な形状の屋根を持つものとされますが、現在一般的によく見られる様式は、平安時代以降に仏教の建築技術の影響が表れる「流れ造」で、いずれも流線的な形状の屋根となっています。春日造をはじめとして前面が長く延びて向拝(ごはい・参拝者のための廂<ひさし>)となっているものや、切妻平入の建物が二棟連結してるいる「八幡造」、全部の流しれに破風をつけてるいる「日枝造」などの新しいい社殿様式が生まれました。

一間社(いけけしゃ)・三間社(さんげんしゃ)とは

本殿の正面は、柱と柱の間が、一間(ひとま)であるか、三間(みま)であるか、一間社・三間社と呼びます。一間は長さの単位を表しているのではなく間取りをさします。偶数がないのは、二間社や四間社だと、正面に柱が来ることで、中央奥の御神体に通ずる間ができないからです。したがって中心性(シンメトリー)が失われたため普及しなかったのだろうと説もあります。大社造は構造的に二間社で、一方に入り口があります。

代表的な様式

1.平入形式

屋根の長辺側(または屋根の棟と奥の面)に入り口がある様式。

神明造(しんめいづくり)

  • 切妻(きりづま)造・平入り。
  • 屋根には反抗がない直線型。妻側の外側に屋根の棟に届く棟持柱となる柱を持つ。白木仕様(塗装なし)

伊勢の神殿を代表してみられる様式で、切妻造の屋根(棟を境に本を開くように屋根が両側に流れている)の戸と目の入った「平」側に入口がある。平入(ひらいり)という形になっている。


伊勢神宮別宮倭姫宮
  • 唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)
  • 切妻(きりづま)造・平入り。
  • 屋根には湾曲した直線型。妻側の外側に屋根の棟に届く棟持ち柱といい柱を持つ。白木仕様(塗装なし)

出雲大社の大社造ともに、日本最古の建築様式を伝える神明造のうちでも、伊勢の内宮・外宮のみに許されている様式で、各部は神明造を基調としているが、屋根は湾曲している点が異なる。

掘立柱の切妻造入入室の様式で、他へ使用を禁じられているため、特に唯一神明造という。20年毎に造替がなされ、これを式年遷宮という。

 

(伊勢神宮内宮・外宮は撮影禁止)

流れ造(ながれづくり)

入り口様の庇(ひさし)の流れを大きく反駁し、向拝(ごはい)と呼ばれる部分を持つのが特徴。この様式は、神明造の発展型で、全国で最も多い神社建築。全国の指定文化財の本殿の66%が流造。京都の上賀茂神社、下鴨神社を代表とする建築様式。流れ造りには一間社から十一間社まであるが、六間社と八間社はない。
上賀茂神社境外摂社大田神社(京都市北区)切妻造・平入
  • 両流造(りょうながれづくり)
正面と背面の両面とも蓋が延ばしたもので、両流造(りょうながれづくり)と呼ばれる。
松尾大社(京都市西区嵐山宮町3)・厳島神社など。
  • 八幡造(はちまんづくり)
  • 切妻造・平入り。二棟連結型

八幡造(はちまんづくり)は、大分県の宇佐八幡宮に代表される建築様式で、切妻造りの二殿を重ねて配置し、屋根に生る谷には樋(架)を架ける。殿を前殿(まえどう)・後殿(うしろどの)と称し、中央を相間(あいのま)と呼ぶ。両殿とも本殿扱いとなる。

離宮八幡宮(京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21-1)

 入母屋造(いりもやづくり)

  • 切妻造平入/四方抱き型

御上神社など

御上神社(滋賀県野洲市)

  • 日吉造(日枝造り=ひえづくり)

日吉造(ひえづくり)は、滋賀県の日吉大社を代表するもので建築様式です。袋(ひさし)が、寒さについているのが特集となっている。だが、裏の篭は短く、これに似たものに、入母屋造(いりもやづくり)がある。これは、裏の岬も長く、寺院にたくさんみる。

日吉大社西本堂(滋賀県大津市坂本)

祇園造(ぎおんづくり)

入母屋造・平入で正面5間、側面2間に庇を廻して本堂とし、前に礼堂を加え、それを一の檜皮葺屋根で覆っている。さらに、正面には向拝を、他の三面には孫腹を加え、大規模で複雑な構造になっている。別棟であった本殿と礼堂(現在の拝殿)を一つの屋根で覆ったもので、最仏寺建築に近い神社建築様式とされる。八坂造(やさかづく)ともい.-八坂神社など。

八坂神社(京都市東山区)

 

  • 吉備津造(きびつづくり)

 

入母屋造の2棟を1棟に結合した形の建築様式のことで、平入の2戸を結合した形態.-吉備津神社など。 

妻入形式

屋根の短辺側(または屋根の棟と直角な面)に入り口がある様式。

大社造(たいしゃづくり)

  • 切妻造妻入/白木仕様(塗装なし)

大社造(いいしゃづくり)は、「おおやしろづくり」とも読みますが、島根県の出雲大社本殿が大社造の基になってからです。屋根形としては切妻造妻になります。古代の宮殿をもしたものとされ、正面入口と階段が向かって右に片寄っており、内部中央に太い柱がある。これから右半壁が伸び、その背後に神座が西に面してあることである。正面中央に柱があるので二間社といえます。

また、屋根の両端に千木(ちぎ)と間に合った数の本の堅魚木(かつおぎ)を持って、形も正方形に近く、社殿としては最古の様式で、古代住居の形を原形にしていると考えられており、古典的な日本家屋の形状に近いものもあります。

  • 大社造形

一社で入口が中央にあるものをよぶ出雲の大社や神魂神社・須佐神社など二間社大社造は少数、大半が一間社のこの様式。


神魂神社本殿(国宝)(松江市)
  • 美保造(みほづくり)
美保神社のみの様式。大社造の左右二院連棟の特殊形状で「美保造」または「比翼大社造」と同様になる。
美保神社(島根県松江市美保町)

春日造(かすがづくり)

  • 切妻造妻入/前方庇取り付小

正面に岬(向拝)を取っているのが特集となっており、一見入母屋造のように見えるが、春日造(かすがづくり)は、奈良県の春日大社本殿を代表する建築様式で、住吉造の流れを組んでいる。また、春日造では柱を掘りにしたり、礎石の上にたどりつかないで、土台を使って立てている。一社と三間社があるが三間社は大変少ないです。非常に曲線的で、サイズも非常に小さいこともこの春日造の特集のひとつとなっており、住吉造と同じく、丹(朱色)塗りされることが多く、縁がないものがこの春日造となる。全国の指定文化財の21%

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奈良豆比古神社(奈良市)

住吉造(すみよしづくり)

  • 切妻造妻入/丹(朱色)塗り

住吉造(すみよしづくり)は、大阪府の住吉大社本殿を代表する建築様式で、屋根に千木と堅魚木を持てます。特に、社殿の内部が二室に分かれているのが特徴で、床も若干低くなっております。また、縁がなく、玉垣で覆われているのも特徴となっています。

住吉大社「住吉大社公式サイト」より

大鳥造(おおととりづくり)

切妻造、妻入。平面が側面で正方形で、正面・側面と二者となる。大社造りと似ているが、入口が中央に配置されている。大鳥大社など。

大鳥神社(大阪府堺市)

  • 隠岐造(おきづくり)
「隠岐」特有の本殿建築様式。屋根は大社造に似て「妻入」。平面図形は「神明造」に似て横長の短形。向拝がついている「春日造」に似ているが、向致と大屋根が離れている。水若酢神社など。
 

  • 織田造(おだづくり)
劔神社(福井県越前町)のみ
  • 近江造

近江神宮(滋賀県大津市)のみ

複合社殿形式

本殿が拝殿などの他の社殿と結合したもので八棟造と総称できるが、以下の様式名で呼ばれるものもある。

権現造(ごんげんづくり

  • 入母屋造・平入り。二棟連結型
  • 権現造(ごんげんづくり)は、栃木県の日光東照宮や京都の北野天満宮を代表する建築様式で一見、八幡造と大差がないが、八幡造は、全般が本殿のために、現実造はは、後のみが本殿となる。そして、両殿の連結部を石の間と呼び、床が低くなったのが特集となっています。

 

北野天満宮(京都市上京区馬喰町)

浅間造(せんげんづくり)正面五間側面四間の上に、流造の本殿が載り二重になっている独特の様式.-富士山本宮浅間大社など。
尾張造(おわりづくり)

本堂(後)、祭殿殿(中)、拝殿(前)を回廊で繋いだ左右対称の建築様式で、尾張地方独特の建築様式 – 真清田神社、津島神社、尾張大陸霊神社など。

大縣造・三棟造(おおあがたづくり・みつむねづくり)尾張造でも「三棟造」・「大縣造」と称され他に類をみない特殊な様式。大県神社など。
水分造(みくまりづくり)本殿は三殿で構成されている。中殿は一両社春日造、左右両殿は二間社流造り、各殿を渡廊で連結するよう全国でも唯一の珍しい様式.-建水分神社・千早赤倉村

他の本殿建築として、寝殿造り(しんでんづくり)

主に貴族や武士の住居に使用されていた建築様式で、神社建築と同様よりもむしろ住居建築としての性格が強い。-宇治上神社拝殿など。
生国魂造(大阪市の生国魂神社)など、その神社もやはり地域特有の多様な様がある。

引用:神社本庁「神道いろは」26・27ページ、神社人、ウィキペディア他

神社建築

1.社殿の成立
2.境内の造り
3.神社の建物構成と名称
4.社殿の様式
5.神殿(本殿)の部位
6.鳥居とその種類
7.塀・玉垣
8.狛犬

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