式内 丹生神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

概 要

社号 丹生神社
式内社 但馬国美含郡 丹生神社
読み:古 ニフ 、現 にゅう
江戸時代は「舟生フナフ神社」と称していた
舟生神社が延喜式では式内丹生神社となっている。『国司文書 但馬故事記』によれば舟生が本来の古称。
所在地 兵庫県美方郡香美町香住区浦上1185-2
旧地名 但馬国美含郡佐須郷浦上村
御祭神
主祭神 丹生津彦命(にうつひこのみこと)
建額明命(たけぬかあかりのみこと)『国司文書・但馬故事記』
配祀神 丹生津姫命(にうつひめのみこと) 吉備津彦命(きびつひこのみこと)            吉備津彦命 高野姫命(たかのひめのみこと) 『国司文書・但馬故事記』
例祭日 10月6日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道 560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま 131座(大18座・小113座)
美含郡(ミクミ) 12座(並小)

近代社格制度 旧村社

創建   仁徳天皇元年(313)6月10日
本殿様式 桁行一間、梁間一間、入母屋造、向拝一間、軒唐破風付、柿葺 明治四十年(1907)(神社誌)

境内摂末社(祭神)

一口メモ

国道178号線から日本海の、佐津へ。山陰海岸沿いに県道11号線で西へ行くと松葉ガニ漁で知られる柴山のJR柴山駅のすぐ北。

歴史・由緒等

由 緒
仁徳天皇元年(313)6月10日美含県主仁良山命丹生山に神籬を建て祀ると伝え、陽成天皇元慶3年(879)夏4月3日美含大領従7位上楓朝臣氏世祠を建て之を祀り但馬国神社授位大腸には嘉祥4年(851)正月27日授但馬国無位丹生神正6位上醍醐天皇延長5年(927)12月但馬国正6位上丹生神官社に列すと記す。

延喜式の制小社に列し宝永3年(1706)御船代を修繕し元文4年(1739)8月15日社殿を改造して丹生山より麓に遷宮せり。

明治6年(1873)10月村社に列し同29年(1896)本殿を再建す。

「兵庫県神社庁」

人皇10代崇神天皇10年秋9月 丹波国青葉山の賊、陸耳御笠、群盗を集め、民ものを略奪す。その党、狂ノ土蜘蛛、多遅麻に入り、悪行を極む。多遅麻国造、天日楢杵命これを奏す。
天皇 彦坐命に勅して、これを討たしめ給う。
(中略)
幾多の鮑浮かび出て、御船の穿孔を塞ぐ。故れその海を称して、舟生水門という。また鮑浮き出でし島を鮑島という。
(中略)
彦坐命は諸将を督励して、陸耳を刺し殺す。故れその海を勢刺海という。(伊岐佐)
彦坐命は、諸将とともに出雲国の美穂大神(美保神社)・八千矛大神(出雲大社)に戦功を賽じ、(帰路)二方国を過ぎ暴風に逢い、辛うじて諸寄の港に入る。故れ名づけて難棹カネサシ諸寄港という。
暴風止む。彦坐命は船を進めて、多遅麻舟生水門に入る。大鮑あり。化して船と成り、王軍を導き、丹波国余謝浦島に至る(京都府与謝郡伊根町本庄)
彦坐命は船と成りし大鮑を拝して神霊と為し、これを奉じて(式内赤渕神社:朝来市和田山町枚田)、11月皇都に凱旋す。天皇はその功を賞して、丹波道(今の但馬・丹後・丹波)を賜う。
12月 彦坐命は諸将を率いて、多遅麻粟鹿県に下り、諸将を各地に置く。
(中略)
人皇14代仲哀天皇元年夏4月 先帝の皇子、稚渟気命のために若倭部ワカヤマトベ*1を定め、吉備津彦命に令して、その部民を領せしむ。
吉備津彦命は、多遅麻若倭部を領し、舟生に居る。竹野彦命の娘、高野姫命を娶り、若倭部命を生む。その後裔を若倭部と云うなり。
人皇15代神功皇后七年(207)春正月3日 美伊県主・吉備津彦命が卒す。舟生フナフ山に葬る。
50年(253)秋8月 鹿島命の子・河原命を竹野別と為す。
(中略)
人皇18代履仲天皇4年秋8月 仁良山命の子、舟生命を以て、美含県主と為す。
人皇20代允恭天皇41年秋9月 舟生命の子、長井命を以て、美含県主と為す。

『国司文書・但馬故事記』

人皇57代陽成天皇元慶2年9月22日 但馬国美含郡の人、従七位上、若倭部氏世・貞氏・貞道ら三人に姓、楓朝臣を賜い、氏世を以て大領に任ず。

3年4月3日 楓朝臣氏世はその祖、武額明命・吉備津彦命・高野姫命を舟生山に祀り、[舟丹]生神社と称え祀る。神浦川はそのかたわらを流る。

神戸五烟はその東に在り、神田はその南に列び、神浦山は東にそびえ、舟生港は北西に在り。

『国司文書 但馬故事記』

 *1 若倭部は第九代開化天皇(若倭根子)の名を記念して設置された部民(倭国造の部民とする説もある)

境内・社叢

  
鳥居・社号標                拝殿

  
拝殿扁額             本殿


境内社

地名・地誌

柴山

『国司文書別記 但馬郷名記抄』

丹生村・神戸・神田塚

『大田文』

浦上・上・沖浦

※上、いまは上計、神戸は浦上?

『国司文書 但馬故事記』に森本神社 美含郡佐須郷丹生村

舟生と丹生(にゅう)

舟生神社が延喜式では式内丹生神社となっている。本記によれば舟生が本来の古称。

[註]*3舟生山  その鮑が浮かび出た地を鮑島(のち青島)と云います。その舟が治った地を舟生(ねふ)港と云います。(のち舟を丹に訛って丹生と書す。香美町香住区丹生)

地 図

兵庫県美方郡香美町香住区浦上1185-2

交通アクセス・周辺情報

JR山陰本線「柴山駅」より北へ250m

参 考

「兵庫県神社庁」、「延喜式神社の調査」さん、他

Follow me!


1件のコメント

コメントを残す

Avatar placeholder

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA