西浅井町 長浜市 滋賀(近江国)

式内 塩津神社

概 要

社 号 塩津神社
読 み しおつ

式内社 近江国淺井郡 鹽津神社(鹽は塩の旧字体)

別 名 中古「海北の宮」、江戸時代は「稻荷明神」「海北稻荷明神」

所在地 滋賀県長浜市西浅井町塩津浜547
御祭神 主祭神 塩土老翁神シオツチノオジノカミ
配祀神 彦火火出見尊ヒコホホデミノミコト 豊玉姫尊トヨタマヒメノミコト
御神紋
例祭日 4月18日 例大祭

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
東山道 式内社382座 大42(うち預月次新嘗5) 小340
近江国 155座 大 13座 小 142座
淺井郡 14座  小14座

近代社格制度 旧郷社
創建   年代不詳
本殿様式 流造檜皮葺

境内摂末社(祭神)

琴平神社・愛宕神社・稲荷神社・川尻神

文化財

一口メモ

国道8号線藤ヶ崎トンネルを出てすぐの旧道沿いに鎮座。琵琶湖の最北端にある入り江を塩津という。

歴史・由緒等

社創立の年代はつまびらかで無いが延喜式内社で既に神威顕著の古社たるを知る。古伝によれば上古この地の志波谷に塩池あり。ささやかな池ながら塩水間断なく湧出し、これを汲んで製塩し敢えて他からこれを求めず。たまたま意富々杼王この地を逍遙し塩池を見給い、「小池の朝汐を製塩せんよりは何ぞ外海に塩を求めんや」と問い給う。一竈丁「吾等は代々遠祖塩土翁の遺訓を奉じ製塩し他に求めず」と答う。王これを深く感じ 不日里人を助け塩土翁を鎮祭せられたりと 即ち之が塩津神社であり、社名は地名に因み地名は祭神名に因むという 塩池は中古大地震のため埋没し朝汐も又出ず。製塩に用いた大釜は湖底に沈めたりと伝う。この湖岸を大辛といい今も小字名として現存す。

この地はかつて西浅井郡に属し、当社はその半郡の総社として広く崇敬せられた。社地の背後は鬱蒼とした塩土山の神林深く又社前は入り江の琵琶湖に面し四季の風光変化に富み 又湖上航行の要港として王朝時代以降文人武将の往来しばしばあり。又当社を崇敬せらる わけても和気仲世近江江呂介に任ぜられるや、数度当社に参籠して霊示の随に誉田別神を境内に瀬織津姫神を境外地に奉祀された。
文和元年 足利高氏の子義詮 後光厳帝を奉じ当社に参籠し 幕を張り供奉の人々をねぎらったと云う。当地の塩津城主熊谷兵高 熊谷治左右衛門直久 熊谷直純等いずれも当社を産土神として常に崇敬した 元亀元年火災にかかり殿舎悉く烏有に帰し現在の社伝は元禄初期の作なり 明治17年郷社に列す なお当社中古「海北の宮」の別称があった。

「社頭石碑」

境内・社叢

  
一の鳥居・二の鳥居                社号標
  

手水舎                    境内にある二の鳥居

   

狛犬

  

拝殿                     本殿

地名・地誌

地 図

滋賀県長浜市西浅井町塩津浜547

交通アクセス・周辺情報

参 考

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