高月町 長浜市 滋賀(近江国)

式内 意波閇神社(高月町)

概 要

社 号 意波閇神社
読 み おわいじんじゃ
式内社 近江国伊香郡 意波閇神社
別 名 江戸時代は「平野大明神」

所在地 滋賀県長浜市高月町西阿閉278
御祭神 主祭神 宇迦魂神ウカノミタマノカミ
御神紋 三俵積米俵
例祭日 4月17日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
東山道 式内社382座 大42(うち預月次新嘗5) 小340
近江国 155座 大 13座 小 142座
伊香郡 46座  大1座  小45座
意波閇神社論社
滋賀県長浜市余呉町坂口290

近代社格制度 旧村社
創建   年代不詳
本殿様式 流造瓦葺
拝殿様式 切妻造 間口二間三尺 奥行二間三尺

境内摂末社(祭神)

坂口神社

一口メモ

県道261号線を西へ、道を挟んで七郷小学校の反対側に公園内にある。ぐるぐる回ったが行き方がわからず、公園脇の道から入った。鳥居までの参道は東側から細長く続いていた。陽が差し込まない鬱蒼とした社叢の中を進むと神社の建物らしき場所が見えた。草が伸びたままで荒廃している。

歴史・由緒等

その創始の年代は賤岳戦乱等で古記を悉く喪失したので由緒等を知ることができないが当社は延喜式神名帖伊香郡四十六座の一てある意波閇神社にあたる社である。
茲に祭神の神徳と神社の名鎮座の地名とを通じて考えるに神社名の「おわい」の「わい」は上代語の「饗」であつて食のことに当り、祭神宇迦魂神が五穀を司る御神徳に通じており鎮座の地阿閉の「阿」と神社名の「意」は同行の音で意を同じくし、その御神徳、神社名、邑名のよってくるところを一にするのは上代この地を開拓した蒼生等が神を斎き祀って神護のもとに繁栄し邑名自づとなったと考えられる。
明治3年庚午8月淀藩は式内意波閇神社の表標を建て明治14年村社に列せられた。

「社頭石碑」

創始の年代不詳 伝える処によると、一千数百年の前と考えられ再度の戦乱に古記を悉く喪いて由緒を知る由なし、明治14年村社。延喜式内(未定)社。

滋賀県神社庁

境内・社叢

  

鳥居・社号標・参道           社頭案内石碑

  

境内                 拝殿

  

本殿                 境内社 坂口神社

地名・地誌

地 図

滋賀県長浜市高月町西阿閉278

交通アクセス・周辺情報

 

参 考

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