官社(式内社) 出雲市(神門郡) 島根(出雲国)

式内 阿利神社

概 要

社号 式内 阿利神社

式内社 出雲国神門郡 阿利神社
読み:古 アゝリ、現在 あり
所在地 島根県出雲市塩冶町1686
旧地名 出雲国神門郡
御祭神 阿遅須枳高彦根命(あぢすきたかひこね のみこと)

右相殿
式内社 出雲国神門郡 同社坐加利比賣神社 祭神 加利比賣命(かりひめ のみこと)
左相殿
幸神社 猿田比古命(さるたひこ-) 宇豆賣命(うずめ-)
例祭日 9月1日

社格等

『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
出雲国 187座(大2座・小185座)
神門郡(カムト):27座(並小)

『出雲国風土記』「阿利社」

近代社格制度 旧無格社

創建     天平5年(733)『出雲国風土記』に「阿利社」と記載されているのでそれ以前
本殿様式   大社造 銅板葺

境内摂末社(祭神) 彈正社(吾郷彈正武利命)

一口メモ

出雲市内(出雲国神門郡)には、阿利、阿須利、阿禰と似た社号の神社があるのでそれに因む人々が祀る大切な神社とにらんでいる。しかし、想像したより小社だった。もちろん、時代とともに衰退する式内社は多い。JR出雲市駅の南は市街地中心部でもまだ田畑が残っている狭い旧道にある。

歴史・由緒等

旧社地は現社地の北々西800m塩冶町有原。明治15年、現在地である「弾正社」の境内に移った。

由緒

本神社は出雲国風土記(733年)に阿利社と記してあり、また延喜式神名帳(927年)には阿利神社と明記してある。いわゆる式内社で由緒古い神社であって古来より高西地区の崇敬神社として拝崇されている。祭神阿遅須枳高日子根命は天下造りたまいし大神(大国主神)と胸形(九州福岡宗像大社)の奥津宮の多紀理姫命との間に生れ給うた神であり、塩冶神社の祭神塩冶毘古能命の親神である。
「アジ」は味の良いという意「スキ」は田を耕す農耕器具「タカヒコ」は高く輝く太陽の子「ネノミコト」は物事に粘り強い性格を有する男神を意味する。

出雲国風土記に「高岸の郷郡家の東北二里なり所造天下大神の御子阿遅須枳高日子根命、甚(いた)く昼夜哭(泣)き坐しき。仍(よ)りて、その処に高屋を造りて坐させ、即ち高椅(はし)を建てて登上り降りして養(ひた)し奉りき。故高崖(たかざし)と云ふ。神亀三年に字を高岸と改む」とあり、高岸が高西となったものと伝えられている。即ち神の住居されたところにお祀りしたものである。

本神社はもと現在地より北々西約500米の市民会館西方の地にあったが、明治15年に故あって現在に移遷され、戦後社地を吾郷家より寄進され現在に至る。

旧社地を記念し「延喜式内社阿利神社跡」の石碑が有原中央公園の西北隅に建立されている。

「社頭掲示板」

境内・社叢

2014-03-21-12.21.20

鳥居

 

社号標             手水

社頭掲示板

  

本殿             本殿左手境内社 彈正社

地名・地誌

地 図

島根県出雲市塩冶町1686

交通アクセス・周辺情報

参 考

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