明石市・神戸市(明石郡) 旧郷社 兵庫(播磨国)

押部谷 住吉神社

概 要

社 号 郷社 住吉神社
読み:おしべだに すみよしじんじゃ
所在地 神戸市西区押部谷町細田302
旧地名 播磨国明石郡
御祭神
主祭神 底筒男命(ソコツツオノミコト)
配祀神 中筒男命(ナカツツノオノミコト) 表筒男命(ウワツツノオノミコト)  気長足姫命(オキナガタラシヒメノミコト)

例祭日

社格等

式外社
近代社格制度  旧郷社

創建    天平勝宝6年(754)
本殿様式

境内摂末社(祭神)

楯神社 豊磐門戸命
鉾神社 櫛磐門戸命
稲荷神社 稲倉魂命
天満神社 菅原道真公
幸神社 猿田彦命

文化財

本殿・四殿と正保4年の棟札 神戸市指定文化財

一口メモ

東播磨・摂津・丹波にまたがるエリアには住吉神社が大変多い。式内社でも式内住吉神社比定社が2社あり、加東市上鴨川571 (旧播磨国賀茂郡)と小野市垂井町908にある。播磨国賀茂郡は現在の小野市・加西市・加東市・西脇市(芳田地区)・多可郡・多可町(八千代区大和地区)にまたがっていた。 後に加西郡と加東郡に別れた。また、東に隣接するのが旧明石郡。現在の明石市(大部分)、神戸市西区、神戸市垂水区、神戸市須磨区(北須磨ニュータウンの一部)にあたる。
それらの住吉神社を廻るのが目的ではなく、式内社探索である。神戸市西区押部谷町の式内物部神社比定社可美真手命神社を探していて、川向かいの当社が元は宮山(今の元住吉山)の可美真手命神社社地にあったものが現在地に遷座したとある。式内社と関わりがあるので大きk立派なので立ち寄った。

歴史・由緒等

当神社は天平勝宝6年(754年)、摂津の国住吉神社の社家、津守連(つもりのむらじ)が
楯神・鉾神と共に宮山『今の元住吉山』に勧請したのが創まりと伝えられている
1250年以上の歴史がある神社です。

由 緒
当社は、天平勝宝6年(754)9月13日、摂津国住吉大社の社家である津守連が、住吉大神と共に楯神・鉾神を住吉山に勧請したのが創始と伝う。

永禄2年(1559)6月、疫病の流行と五穀不穣が続いたため、村人が神託を聞くに、蛇淵と称された大深淵に鎮まりたいとのお告げがあったため、村人は土・石を埋めて現社地を造り移達したという。6年後の永禄8年、早魃が続いたため、社前の大岩上で雨請い祈祷をしたところ、長雨に恵まれ五穀豊穣となり、以後毎年岩上で祭祀が行われることとなった。

天正7年(1579)6月、羽柴秀吉の三木城攻めの兵火により社殿焼失するも、文禄3年(1594)に、神託により、高和村の浄地に神霊を仮奉達したが、正保4年(1647) に社殿を再建し、仮奉遷所は御旅所として毎年渡御を行なっている。

相殿に神功皇后を祀り、神功皇后の「産之磐」と称される安産岩が、河原に在し、今も遠近からの妊産婦の参詣が絶えない。

-「兵庫県神社庁」-

境内・社叢

  
鳥居・社号標               手水舎


社頭掲示板

   
狛犬

  
拝殿                   本殿

  
境内社                  楯神社

  

地名・地誌

地 図

神戸市西区押部谷町細田302

交通アクセス・周辺情報

公共 ◆市営地下鉄「西神中央駅」より市バス8系統押部谷行「住吉前バス停」下車徒歩2分
車 西神中央から 「高塚高校前」交差点を北西へ。
緩やかなカーブを描きながら田園地帯へ。
初めて信号がある交差点を右折。

三木・明石方面から
県道83号線(神戸三木線)高和橋交差点北に看板あり。

ホームページ

『神社公式サイト』

参 考

國學院大學「神道・神社史料集成」、「兵庫県神社庁」、「延喜式神社の調査」さん、他

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