高月町 旧村社 長浜市 滋賀(近江国)

日吉神社(式内 久留弥多神社)

概 要

社 号 日吉神社
読 み ひよしじんじゃ
式内社 近江国伊香郡 久留弥多神社
別 名 江戸時代は「日吉山王」

所在地 滋賀県長浜市高月町唐川1055
御祭神 主祭神 大山咋命オオヤマクイノミコト
御神紋
例祭日 4月11日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
東山道 式内社382座 大42(うち預月次新嘗5) 小340
近江国 155座 大 13座 小 142座
伊香郡 46座  大1座  小45座

久留弥多神社論社 比売多神社に合祀 滋賀県長浜市高月町東柳野1192

近代社格制度 旧村社
創建   伝)貞観15年(873年)
本殿様式 一間社流造
拝殿様式 入母屋造 間口二間三尺 奥行二間四尺

境内摂末社(祭神)

稲荷神社

一口メモ

広大な田園地帯が続く湖東の最北部にある湧出山の南麓。同じ唐川区内のすぐ西に式内社桜椅神社もある。

歴史・由緒等

元は久留弥多神社延喜式内社と称し、闇御津羽神を奉斎したものという。当社鎮座の湧出山々麓には、数基の古墳が存在し、租神闇御津羽神との関連を偲ばしめる。当地は延暦寺の寺領となり、又天台宗の流風に属した関連上、坂本の日吉神社の分霊をも当社に斎き祀り、いつしか主客転倒し、ついに本来式内久留弥多神社なることを忘却するに至ったものと考えられる。

かくして中世以降、日吉山王とも称え、社頭毀賑を呈した。しかし賤ヶ岳戦争に際し、兵火に罹り一時衰徴したが、境内に隣して官寺観音寺を設け、諸頭組によってその祭祀が営まれ、社殿の築造も行なわれたが、明治以降正規の神職が祭祀に当たるに至った。明治44年東久邇宮邦彦王殿下当地方に於ける大演習に際し、当社にご参拝になり、松樹を御手植になった。これより先、明治9年村社に列し、同41年4月29日幣帛料供進神社に指定せられた。

「社頭掲示板」

境内・社叢

  
鳥居                       社号標


手水舎

  
拝殿                        本殿


境内社稲荷神社

  
神宮寺鐘楼

   
狛犬

地名・地誌

地 図

滋賀県長浜市高月町唐川1055

交通アクセス・周辺情報

右横手に立派な本堂のお寺が

  
長照寺

参 考

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