村社 松尾神社(豊岡市日高町東河内)
概 要
社 号 松尾神社
読 み:まつお
所在地 兵庫県豊岡市日高町東河内(ひがしごうち)94
旧地名 但馬国気多郡太多郷
御祭神 主祭神 大山咋命(オオヤマクイノミコト)
配祀神 奥津彦命(オキツヒコノミコト) 奥津姫命(オキツヒメノミコト) 火結命(ホムスビノミコト)
例祭日 10月28日
社格等
式外社
近代社格制度 旧村社
創建 年代不詳
本殿様式
境内摂末社(祭神)
一口メモ
国道482号線の道の駅かんなべを過ぎ、旧西気小学校前を北へ入る。区内の西、山側。
歴史・由緒等
由 緒
創立年月不詳文政12年(1829)本殿を建て明治6年(1873)10月村社に列し、同15年(1882)拝殿を造立す。
明治27年(1894)無格社(兵庫県神社誌)三柱神社(愛宕神社1柱、妙見宮2柱)を合祀せり
-「兵庫県神社庁」-
京都市西京区嵐山の松尾大社(主祭神 大山咋神・中津島姫命)からの勧請であろう。
境内・社叢
一の鳥居
二の鳥居 二の鳥居扁額
狛犬 拝殿・本殿覆屋
本殿(おそらく中央が松尾神社主祭神 大山咋命、左が愛宕神社)、右はおそらく妙見宮
左手境内社
地名・地誌
『国司文書別記 但馬郷名記抄』(975・平安時代)
太多郷
止美(トベ)・己呂訶伎(コロガキ)・漆垣・山守部・石作部・太多村・壬生部・稲葉・巨智部(コチ)・秦部・的部・錦部・栗栖・太刀宮・田口・羽知
太田文(1285・鎌倉時代)
太多郷
十戸・此垣・漆垣・山宮・石井・太多・栃本・東河内(ヒガシコウチ)・水口(ミノクチ)・稲葉(イナンバ)・萬却(マンゴウ)・山田(ヤマタ)・萬場(マンバ)・名色(ナシキ)・栗栖野(クリスノ)・庄境・久田谷・田口(タノクチ)・羽尻
※漆垣は現存せず
察するに平安時代までは
壬生部・稲葉・巨智部(コチベ)・秦部・的部・錦部・栗栖の順で考察するに、壬生部(みぶべ)は水口、的部は万場、錦部は名色また西気のこともさすのだろうか。栗栖は栗栖野で間違いなかろう。とすれば、今の万却は壬生部・巨智部の分村で、その東にあるから東巨智が東河内となった、秦(ハタ)部が残る山田ではなかろうか?
松尾大社は、古代から渡来系氏族の秦氏(はたうじ)に奉斎されることで知られる。とすれば秦部と松尾神社を勧請した東河内村こそが秦部村の古いはじまりで、平安時代に山田・万却の地名はないところから、鎌倉以降に秦部が分村したのではないだろうか?壬生部(みぶべ)が水口だとすると、同じく京都市東山区の八坂神社を勧請した関連も考えられる。
地 図
交通アクセス・周辺情報
参 考
「兵庫県神社庁」
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