県社 岩屋神社(兵庫県明石市材木町)

投稿者: kojiyama 投稿日:

概 要

社 号 岩屋神社
読み:古 現在
別称 岩屋エビス (西摂大観) 六所大明神(古称) 伊和都比売神社(神名帳考證)
江戸時代は『岩屋恵比寿』

延喜式神名帳
式内社 播磨国明石郡 伊和都比売神社 (イワツヒメ)
式内社 播磨国明石郡 弥賀多多神社 (ミカタタ)

所在地 兵庫県明石市材木町8-10
旧地名 播磨国明石郡
御祭神 主祭神 伊弉諾尊(イザナギノミコト)
配祀神 伊弉冊尊(イザナミノミコト) 大日霎命(●は靈の巫→女)(オオヒルメノミコト=天照大神) 月読尊(ツクヨミノミコト) 蛭子尊(ヒルコノミコト=恵比須神) 素盞嗚尊(スサノオノミコト)
例祭日 10月13日
7月第3日曜日 「おしゃたか舟神事」
祭神を淡路石屋神社から勧請した際の故事にちなんだ神事

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』
山陽道 式内社140座 大16(うち預月次新嘗4)・小124
播磨国(ハリマ) 式内社50座(大7座・小43座)
明石郡(アカシ) 9座(大3座・小6座)

近代社格制度 旧県社

創建     成務天皇13年(143)
本殿様式   流造 銅葺

境内摂末社(祭神)

猿田彦神社(猿田彦命)
随神社(豊磐間戸命・櫛磐間戸命)
弓洲恵神社(武甕槌命)
粟島神社(少彦名命)
住吉神社(少童海神)
八幡神社(誉田別尊)
水分神社(水分神・瀬織津彦神・瀬織津姫神・水速女神・彦龍神・比賣龍神・豊玉比賣神・玉依比賣神・底筒男之命・中筒男之命・上筒男之命)
稲荷神社(稲倉魂神)
蛭子社(蛭子命)

文化財

明石浦のおしゃたか舟(明石市指定無形民俗文化財、昭和50年2月6日)

一口メモ

明石海峡に近い伊弉冊神社の約500m東の明石港そばに鎮座。

歴史・由緒等

御由緒

成務天皇13年(143年)6月15日勅命により、淡路島岩屋より御遷になり東播の古大社として古くより崇敬篤く、江戸時代に入ると明石城主の産土神として尊ばれ、例年藩主自らが参拝。社領12石5斗を賜わる。
元文2年(1737年)には藩主松平直常の世継、松平直純が11歳になり「鎧始めの儀」の際に当社に参拝。以後、世継の鎧始めの儀の際には当社への参拝が慣例となる。
明治7年2月郷社に列し、同12年7月に県社に昇格。亦当社は式内伊和都比賣神社に比定される。
(『神名帳私考』『神名帳考證』『神社覈録』『金波斜陽』による)
社殿は、明石海峡をへて淡路島に對し、社の東の明石港には淡路との連絡船が発着する。
当社の北方約300メートルを西国街道(国道2号)が東西に通ずる。
当社付近は古くから大明石村と称し、(慶長播磨國繪圖)市名の起源となった。

『神社公式サイト』

由 緒
成務天皇13年6月15日勅命により、淡路島岩屋より御遷になり、東播の古大社として古くより崇敬篤く、明石城主の産土神として尊ばれ社領十二石五斗を賜わる。

当社は式内社伊和都比売神社に比定される。
元県社。

-「兵庫県神社庁」-

境内・社叢


鳥居

  
えべっさん                    社号標

   
狛犬

  
拝殿

  
拝殿扁額                      本殿

  
境内左手境内社

  
本殿奥境内社                    遙拝所

  

   

たくさんの常夜燈が並んでいる かつてこの当たりは浜沿いに伊弉冊神社から「さなぎの松」といわれる松林が続いていたとされ、区画整理で境内に集められたものだろう。

地名・地誌

地 図

兵庫県明石市材木町8-10

交通アクセス・周辺情報

公共  JR山陽本線「明石駅」より南西へ900m
交通・車 国道2号線明石郵便局本局南へ200m

ホームページ

『神社公式サイト』

参 考

「兵庫県神社庁」、「延喜式神社の調査」さん、他

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