式内 小代神社

投稿者: kojiyama 投稿日:

概 要

社号 式内社 但馬国七美郡 小代神社二座
読み 古 オシロ 現 おじろ
所在地 兵庫県美方郡香美町小代区秋岡995
旧地名 但馬国七美郡小代郷小代村
御祭神
天照皇大神(アマテラス) 豊受大神(トヨウケ)
『但馬秘鍵抄』に、蒼稲魂命牛知魂命
『国司文書 但馬神社系譜伝』牛知御魂命(ウシロミタマ)・蒼稲魂命
例祭日 9月16日

社格等

古代社格制度『延喜式神名帳』(式内社)
山陰道:560座 大37座(その内 月次新嘗1座)・小523座
但馬国(タヂマ・たじま):131座(大18座・小113座)
七美郡(シツミ):10座(並小)

近代社格制度 旧村社
創建     年代不詳(人皇一代神武天皇の御世「国司文書 但馬神社系譜伝」)
本殿様式   一間社流造、正面千鳥破風付、軒唐破風付、柿葺(18世紀後期)

観音堂  桁行三間、梁間三間、切妻造、鉄板葺 宝暦三年(1753)(棟札)

境内摂社(祭神)

百廿神社・稻荷神社

文化財

天然記念物 もりあおがえるの棲息地

一口メモ

秋岡は小代地区の最奥部。国道482号線がさらに細い道幅になり、橋を渡って秋岡集落上部を進むと左に秋岡稲荷というのぼりや案内がある山道を進む。秋岡稲荷が小代神社なのか、またこの先に神社がほんとにあるのかなあと思いながらカーブを繰り返すと、車を留めて鳥居の横の歩きやすい広い平地を行くと目の前に神秘的な広い社域が現れた。そこは広い駐車スペースのように整備された場所だったので、ここまで車で来ていいようだ。

目の前に何本もの巨大な原生林がそのままそびえ立っている。

歴史・由緒等

由 緒
創立年月不詳

延喜式の制小社に列し鎌倉時代神田2町を領有し江戸時代元和元年(1618)、享保13年(1728)の両度本殿を再建し明治3年(1870)神明宮を現社名に復称せり。同6年(1873)10月村社に列せらる。

-「兵庫県神社庁」-

「国司文書 但馬神社系譜伝」、
人皇一代神武天皇の御世、鎮座ませる牛神なり。

蒼稲魂命は倉稲魂命(ウカノミタマ)で稲荷神社の祭神である。養父神社のご祭神の筆頭である倉稲魂命も牛の神様とされる。背後にある稲荷社が元々の祭神であったのではないか。奈良期以降、中央に組み入れられ、御祭神 が天照皇大神(アマテラス) 豊受大神(トヨウケ)となったのではないだろうか。出雲大社の奥に鎮座する素鵞社(スサノオ)、天橋立の元伊勢籠神社の内宮と外宮真名井神社(豊受大神:トヨウケ)の例のように多く見られる。

小代神社

天然記念物 小代神社の燈明杉
所在地 美方町秋岡字宮山
延喜式神明帳(927)によると、小代神社が記載されており、皇太神宮と豊受大神宮が祀られている。
燈明杉は、小代神社の境内にあり、この名の由来については伝説が残っている。
慶長の頃(江戸時代初期)大阪浪人上田新左衛門という信仰深い武士が美方の地に留まっているとき。老翁が夢に現われ、神の霊があるとのお告げの通り、東方の杉の頂上に燈火のかがやきを感じ、老杉の下に祠を建てて厚く祀ったという説が伝えられ、大切に保存されている。
境内には小代杉の指定母樹が9本あり、燈明杉はそのもとになったものと思われる。

天然記念物 もりあおがえるの棲息地
小代神社の境内にある池の付近が棲息地である。わが国だけにいる種類で、本州、四国、九州の山地に棲息している。
体長は雄が5~7cm、雌が6~9cmあり、背は暗緑色の地にかっ色の斑点があり、腹は薄灰色の保護色になっている。
4月~6月ごろ、池や水たまり近くの小枝や草むらに白い泡のような卵のかたまりを生みつけ、ふ化すると水の中で「オタマジャクシ」になり、1ケ月ほどで「カエル」になる。

「社頭掲示板」

境内・社叢

  
石碑                                        手水舎・参道

  
手水舎                鳥居・社号標

  
石燈籠が並ぶ参道


社叢

  
拝殿上には大きな木のかき混ぜるスプーンのようなものが飾られていた。

  
本殿                   拝殿脇の神庫

  
社殿より奥の高い場所に稲荷社        境内左眼下に社のような建物が。

境内池のまわりは、天然記念物モリアオガエル棲息地

  
天然記念物 小代神社の燈明杉


燈明杉は、小代神社の境内にあり、この名の由来については 伝説が残っている。
慶長の頃(江戸時代初期)大阪浪人上田新左衛門という信仰 深い武士が美方の地に留まっているとき。老翁が夢に現われ、 神の霊があるとのお告げの通り、東方の杉の頂上に燈火のかが やきを感じ、老杉の下に祠を建てて厚く祀ったという説が伝え られ、大切に保存されている。
境内には小代杉の指定母樹が9本あり、燈明杉はそのもとに なったものと思われる。

長さ約7~8m、幅約4~5mの長円形をした池があり、この池の水を取替えると、どのような旱魃の時でも必ず降雨が期待出来るという言伝えが有る。

地名・地誌

小代(おじろ)
牛知(オシロ)郷(今は小代郷と書す)
牛知郷は蒼稲魂命・牛知御魂命が牛を放牧せる地なり。故に牛知神社あり
この二神を斎き祀る。

地 図

交通アクセス・周辺情報

参 考

「延喜式の調査」さん

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3件のコメント

志都美 · 2012年5月7日 11:29 PM

はじめめまして、先週参拝してきた者です。
矢田川の上流の神社ですね。矢田川は下流の地名で、矢田川は以前は、中流域の伊曾布(いそふ)神社の社名から射添川と呼ばれていたようです。小代神社は、二座で伊勢の外宮と内宮を祭り、伊曾布社は、別宮である伊雑宮(いぞう)と同じ音で、矢田川の流域は伊勢の地に似ているような気がします。神宮の神を元々祀っていた度会氏(磯部氏)は但馬国造氏族と同族であった由縁で、七美郡は故郷にあたるのでしょうか。

    admin · 2012年5月14日 11:09 AM

    はじめまして。
    >伊曾布社は、別宮である伊雑宮(いぞう)と同じ音で、矢田川の流域は伊勢の地に似ているような気がします。神宮の神を元々祀っていた度会氏(磯部氏)は但馬国造氏族と同族であった由縁で、七美郡は故郷にあたるのでしょうか。

    お詳しいですね。なるほど、伊曾布社がそういう関係性があるとは興味がわきます。元伊勢といえば丹後国一宮籠神社ですが、小代神社も応神天皇と関係が深いので、丹後・但馬平定後に御祭神が天照大神と豊受大神に変えられた点も似ています。

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